日本繊維新聞（ニッセン）投稿集 27.　2010.08 「“三方よし”に見る『利は余沢なり』」 　最近、”三方よし”をあたかも自社の社会的使命であるかのように喧伝する経営者が多く、大変苦々しい思いをしている。あまりにも換骨奪胎が甚だしいからだ。 　”三方よし”の商人としての社会的使命を学ばず、ただやみくもに自社が他社を圧倒すればいいのだという「自分さえよければすべて良し」の霊に取り付かれた亡者のような経営者に利用されるケースが多い。本来の近江商人が築き上げたビジネスモデルを正確に表現すれば、”利は余沢、三方よし”となるはずだ。 　利潤追求を至上命題として利益を自己目的化している現在の商人とは、その理念において根本的に異なるのだ。 　近江商人（江州商人ともいう）の代名詞のように使われることが多い”三方よし”とは、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の3つの「よし」が商売の本道であり、『有無相通ずる職分観、利は余沢』という理念にこそ近江商人の真髄がある。 　初代伊藤忠兵衛は熱心な仏教信者であって「商売は菩薩の業」と説いている。その心は、『商売道の尊さは、売り買いいずれをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という共存共栄の精神そのものであって、当時の会計資料を分析してみると、粗利益率はせいぜい20%以下であることが分かる。 　「しまつしてきばる」ことが、近江商人の行動倫理であり、薄利多売を旨とした。 経済活動は正三角形であることが理想 　浜矩子同志社大学教授によれば、「三角形という図形が一番均整がとれた美しい姿を示している時」、それが正三角形であり、「三辺の長さが皆同じということだ。ここに理想の三角形が出来上がる」と近著「浜　矩子の『新しい経済学』」（角川SSC新書刊）で述べられている。「これで、経済活動の理想の姿が見えてきた。経済活動が三角形であるなら、その理想的な状態は、この三角形を構成する三辺の長さが皆同じ時に実現する」（同著より）ことになる。 　浜理論にピッタリの経済活動こそ、”三方よし”に通じるのではないか。現在の歪み切った「売り手」「買い手」「世間」の三辺からなる商業活動をいかに黄金の正三角形に戻すことができるか、そこに百貨店再生のカギもあるはずだ。 　現状は、消費者視点を重視するあまり不必要に「世間」様に迎合し、その分「買い手」に犠牲を強いたり、また「売り手」のリストラ等で多くの人材を流出させるなど、正三角形とは程遠い見苦しい姿をさらしてしまった。この歪みを正すことは容易ではあるまいが、今でこそできる真っ当な百貨店のビヘイビアなのだ。目先の数字に惑わされてはなるまい。