今塾 by 今宿博史 - 営業戦略おもてなしショップ - IMAJUKU by IMASHUKU Hiroshi
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宿屋四郎兵衛
「パワフルワンポイント」
(2005.5.20〜2007.6.1)

新春スペシャル 2007
団塊は“勝ちパターン”だ
2007年は、世代交代の序章

今後も続く“団塊”の強み
 いわゆる団塊世代、1947年から49年にかけて生まれた人たちのことを指している。そしてこの世代が前後を含めて、戦後日本の中心的存在として、日本をリードし続けてきた。いわば、あらゆる意味で、日本の“核”をなしてきた巨大な塊である。
 2005年の国勢調査によると総数約670万を数える人たちであり、この世代があらゆる意味で日本をリードし続けてきた。
「2007年問題」とは、この人たちが形の上で一斉に定年退職を迎えることを指している。
 一種の社会問題としても「2007年」が取り上げられるが、当たり前のことながら、この世代だけが突出して何かを成し遂げてきたわけではない。この前後の年にも多くの人たちが生まれ育ち、日本そのものの戦後を形成してきたのだ。
「2007年」が象徴的に捉えられているものの、すでにこの問題は始まっており、これからもほぼ永続的に続く事態である。
 とはいえ、団塊世代が、日本を「高齢者社会」に引き上げることになる。

高齢化という「潮位」
 高齢化は、「問題」や「波」として捉えるのではなく、「潮位」であると認識する方が正しいであろう。
高齢化は、決して一過性の「問題」などではなく、寄せてはかえす波でもない、潮位そのものが上がっていくのだ。
 この団塊世代は、5年後には65歳に達し、さらにその5年後には70歳を迎えることになる。60歳定年といいながらも、この世代のリーダーシップが日本を変え続けていく。本当に問題となるのは、この世代があらゆる意味で第一線から引退するその時ではないか。
この世代が、第一線から間違いなく退場するであろう2010年代半ば以降になって、本格的な「問題」に発展するはずなのだ。しかも、全人口に占める65歳以上の割合は、その後も一貫して上がり続けることになる。
法律では、段階的に高齢者の雇用延長を義務付けており、2013年までに65歳までの雇用確保を企業に求めている。団塊世代の存在が世の中を変え続けていくのだ。

「定年制」の消滅
そもそも「定年制」は、企業個々が決めることであって、別になくても構わない制度。日本橋の卸企業ではいまでも定年のきまりのない「終身雇用」の会社はいくらも存在する。以前は、定年制とは違う意味で、30歳前後になると「暖簾分け」という制度が、問屋などでは広く慣例として存在した。
それが、1965年頃より、企業意識の芽生えた会社の中で、55歳定年制を定めるようになっていったのである(当時、該当者は皆無に近かった)。終身雇用が制度として普及し始めたのだ。
1960年の平均寿命は、男性で65.32歳、女性で70.19歳であった。現在と比較して欲しい。
今現在、多くの企業ではバブル後、「雇用問題」に手をつけており、すでに「終身雇用制」は崩壊しているといってもいい状況下にある。
さらに、小泉内閣の厚生年金制度の対応不始末による「改正高齢者雇用安定法」(2006年4月施行)の施行で、「定年制」崩壊に拍車がかかったのである。

平成世代の台頭
一方で、注目すべき新たな「潮位」は、平成世代(1989年〜)が増え続けていくことである。これから年々数を増すであろう世代が次々と社会に出てくる。彼らが、どのような社会創造を目指すのか、期待も大きい反面まさに不気味でもある。
“塊”こそ“勝ちパターン”なのだ。今後は、平成世代が時代のヘゲモニーを握ることになる。
彼らの親達の世代、その上の世代とは全く異質の、そのいずれとも異なる意識、行動に出ることは間違いがあるまい。「団塊の世代」と称された人たちの言語、行動形態、常識等を受け付けない世代として成長していくはずである。
「なぜラフォーレ原宿は百貨店ではないの」「百貨店ってなんなのさ」と言ってのける世代なのだ。
「働く」ということの意識はとても団塊世代の理解できるところではない。新卒採用から定年に至るまでの「終身雇用制」、「定期昇給」から「退職金」、「年金受給」まで保障されてきた団塊世代とはまったく異なる時代を生き抜いていかねばならない世代でもある。
新しい“塊”が新しい秩序を作り上げていく。
安定した社会を創造し、崩壊させ、放り出した世代「団塊」グループを超えて次ぎの時代を構築していく世代といって過言ではない。それが平成だ。

“問屋街、買います”
 1985年の「プラザ合意」から、企業を取り巻く環境は大きく変化した。国際競争力が激しく問われる時代になったのだ。どの企業も高い生産性を持ち、高い付加価値を生み出すためにコストは徹底して抑え込まねばならなくなった。それができない企業は淘汰されていったのである。
 昨日まで業界トップだった企業が、アッと言う間に転落する。また、問屋街だけで問屋同士が争っていれば済んだものが、まったく関係ない企業によって席捲されてしまう。ファンド会社なんてわけのわからない企業に買収される事態も日常茶飯事のこととなった。
 外資であろうとなかろうとファンド会社が、この問屋街を丸ごと買取ることなど、資金的にさほどの難事ではなかろう。一体いくらの値段がつくか算定してみる価値はあろうが、彼らが、問屋街に対し「ビジネスとしての価値」をいくらではじくのか大変興味深いところである。

全世界はフラット化
 21世紀を迎えて以降、IT(情報技術)の進展でネットワークの情報伝達速度が世界を一変させた。全世界がフラット化し、どこからでも安い部品が調達できる。大手企業を支えた「系列」も成立しなくなってきた。いまだに業界内で取り仕切る「談合」がなぜ「悪いこと」なのか、理解できない人は数多い。
 昨年、東京都がビッグサイトで開催した「中小企業産業交流プラザ」の経営相談で、大阪から来た経営者からこんな相談を持ちかけられた。
「ある大手の下請を長年やってきたのに、この会社、今は世界中から見積もりを取る。安いところがあれば、従来の取引は無視してスパッと切り換える。ウチは一気に売上が半分になってしまった。義理も人情もない取引ですわ」「そして、そんな会社の社長が経団連の会長だなんておかしいのとちゃいますか。なんとかなりまへんか」
 ちなみにこの大手企業の下請けからの苦情、他の会場でもよく聞く。
 環境が激変し、従来の取引関係に捉われた甘いコスト管理では企業が成立たない時代なのだ。大企業であるからといって安穏としてはいられない現実に直面している。情実は許されないのだ。
進化する雇用形態
 雇用関係も激変を余儀なくされ始めている。過去は、会社に入りさえすれば後は何とかついていくことで一生が保障された。年功で位も上がり給料も増えていく。しかし、今の30〜40代、さらにそれ以降の世代を待ち受けるものにそんな甘い環境は期待できない。ニートやフリーターも当たり前なのだ。
 新卒採用そのものが激減し、「年功序列制度」も崩壊している。中途入社であっても力さえあれば先輩を上回る年俸で契約できる。自分も給料を上げるには会社を替わる、より自分を評価してくれる会社を探さねばならない、「転職の時代」でもある。
年俸制による契約で、残業代の支給や労働環境などの問題、加えて退職金もない老後を覚悟しなくてはならない。就業形態も正社員あり、契約社員・派遣社員あり、アルバイト、パート社員と極めて多彩になる。
今後は、高齢者雇用に加えて外国人社員も増えていくはずだ。
雇用形態の変化は、新しい自分の可能性が見つけられるということでもある。自ら起業し、理想を追求していくことが極めて容易になってきているのだ。環境は徐々に整備されていく。ハイリスク・ハイリターンの時代だ。

問屋街という“勝ちパターン”
“夢を叶える“使命
 平成世代の起業・創業意識は旺盛となろう。
問屋連盟の無料経営相談に見える人たちも圧倒的に若手創業希望者である。「よく判らないのですが」という素人タイプが多い。アイディアは極めて豊富、商品知識は申し分ない。「メーカーを紹介して欲しい」、「会社は作ったほうがいいでしょうか」、「店を出したいのですが、役所に届ける必要がありますか」など、様々。
共通するところ、不思議と金儲けをしたいとの意識が欠落している。
問屋街への出店意欲も高い。人気があるのだ。これは中国、韓国等の海外組に目立つことではあるが、直ぐにでも欲しい、ということで「空室」状況が求められる。問屋街は、小売店が多く訪れ、仕入れる場所であるだけに期待も大きいようだ。
どこでも「創業塾」「起業セミナー」など花盛り。この問屋街に相談に来る人は、
(1) 資金の相談がない
(2) 技術は持っていない
(3) ほとんど素人に近い
(4) 原宿、表参道組は皆無
(5) 問屋街で創業したい
などが共通する。
問屋街を前から知っていたという人が、少ないのも特徴的ではある。しかし、知れば知るほど夢が広がるのかもしれない。新しい世代の「夢を叶える」ことも問屋街の使命であろう。
ネットの役割は大きい。問屋連盟のホームページからの問い合わせも多いとはいえないが、昨年は2件ほど、他の場所で開催中の「創業セミナー」で紹介された、といって相談に見えたケースも出てきた。嬉しいことではある。

現金問屋の強み
 現金問屋の強みとは何だったのか。今や純然たる問屋は、こと衣料に関する限り現金問屋しか存在しなくなってしまった。
 企業の「強み」を考えると、あるいは「戦略」といってもいいが基本的には相手がいなくてはならない。存在する競争相手に対して相対的に有利になるような方法が、企業の「強み」なのだ。
 現金問屋の競争相手は、単純には「掛売問屋」であろう。ところが、「掛売問屋」の多くは、時代に合わなくなったか、流通の変革の中でその存在が薄れ、大手企業の大半はSPA化してしまっている。すなわち、小売企業化してしまっているのだ。掛売問屋の主な販売先であった百貨店、GMS等の環境が変化した結果でもある。流れについて行けずに倒産を余儀なくされた技術力のある優良企業も数多い。
 現金問屋は違った。もちろん、大企業も存在するが、多くの企業が中小規模であり、また、問屋街という“塊”として立地していたことが、時代の流れに敏感に、また変化対応型であり得たのかもしれない。問屋街は“勝ちパターン”なのだ。
 流通構造変革の嵐に、決して無縁ではなかったものの顧客の多くが比較的小規模な一般衣料小売店であることも幸いした。
 現金問屋の機能・役割は、
(1) 現金仕入・販売が原則
(2) コストが抑えられる
(3) 価格は安い
(4) 売れ筋中心の実需型
(5) 品揃えは「街」として
等であろう。

実需・売れ筋の強さ
 現金問屋が、依然、問屋機能を擁して存続し得ている最大の要因は、なんと言っても「実需」対応の強みであろう。とにかく「売れ筋に強い」のだ。売れ筋が目の前に、しかも直ぐ手に入ることが小売店を魅了する。
問屋街の顧客は、今後一般衣料小売店だけに止まらず、ゆっくりとではあるがより一層拡大していく可能性が高いと予測できる。徹底した運営コスト削減による「安さ」の魅力は、海外で生産する「安さ」とは異質の魅力でもある。
消費の成熟化とともに商品のライフサイクルは短命化する。スピードが勝負なのだ。問屋街は企画の身軽さを活かし、ライフサイクルの変化に機敏に対応できる体質を創り上げてきたのだ。
問屋街をもっと地の利を活かした、真の“勝ちパターン”にできるかどうか、2007年は変化への序章にしたいものである。
東京問屋連盟:問屋連盟通信:2007/1/1掲載
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